【作家解説】野中ユリ


野中ユリ(1938~)

【略歴】

1938年 東京に生まれる

1957年 東京国際版画ビエンナーレ展、以後5回出品

1967年 パリ青年美術ビエンナーレ展 現代美術の動向展、翌年も出品

1968年 現代日本美術展、以後2回出品

1972年 現代グラフィックアート展、個展(シロタ画廊、青画廊、他)開催


【作家解説】

 「ユリさんは母親も油絵作家で、母一人娘一人であった。彼女は研究日には必ず銅板作品を作って出席したが、それは化学実験室の一隅の沢山の透明フラスコから泡が立ち上って、水滴が落ちているような作品であった。この不思議な幻想的な実験的な絵は、高校生のものとは思われなかった。」

 まだ高校生だった野中ユリは、加納光於(注1)・細田政義(注2)・小林ドンゲ(注3)たちとともに関野準一郎(注4)の主宰する研究所に通って銅板を学んだ。上記の一説は彼女の師である関野の著書からの引用である。

 当初から銅板というメディアに野中は魅せられていた。凍てついたように澄明で繊細な作品には一貫して≪手抜き≫への抑制の意思が見いだされる。それゆえ不可欠となる≪版≫の介在によって、彼女の≪イリュミナション(黙示)≫に基づく幻想的な小宇宙の定着は初めて可能になるのであろう。

 銅板・石版・玖璃版(コロタイプ)(注5)・オフセットと、様々な版画を手掛ける彼女には、コラージュやデカルコマニイによる作品も多い。彼女が「一つの変成の手段」として選んだコラージュによる作品は、しばしば古い洋画の銅板による挿絵に花や手や人物等を、同化と異化の作業として貼りこむことによって、予期しないイメージの連鎖反応を喚起する不思議な世界を現出している。

(注1)加納 光於:昭和後期から平成時代の版画家、画家。版画、絵画の領域において実験的手法により独自の世界を切り開いたことで知られる。 

(注2)細田政義:1908~1999。

(注3)小林ドンゲ:現在の東京都江東区亀戸に生まれ、1986(昭和61)年以降は千葉県印西市を拠点に活動した女性銅版画家。

(注4)関野準一郎:昭和時代の日本の版画家、洋画家。

(注5)コロタイプ:19紀中頃にフランスで発明された顔料による写真プリント技法。


参考文献

1977『現代版画図鑑』長谷川公之、光芸出版

1974『プリントアート』第15号、魚津章夫、三彩社事業部

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