【作家解説】丹阿弥丹波子


丹阿弥丹波子(1927~)

【略歴】

1927年 東京都に生まれる

1941年 文化学院に進学、はじめて油彩や木版にふれる

1952年 油彩で独立展に入選、以後しばらく油彩で活動し女流美術展などにも入選

1956年 駒井哲郎に師事、本格的に版画での創作を始める

1957年 春陽会展に初入選、以後も入選を重ねる

1961年 メゾチントに移行

1964年 春陽会研究賞を受賞、69年に会員になる

1971年 初の個展を開催、以後精力的に個展を開く

1977年 版画集『抄』を出版、以後版画集や文芸書の装丁を手掛けるようになる


【作家解説】

 丹阿弥丹波子は、メゾチントによる表現を手掛ける版画家であり、版画活動を始めるにあたって、師である駒井哲郎のほか長谷川潔の作品などにも感銘を受けている。また、元来病弱でもあったため静物をはじめとした身の回りの品を主にモチーフとした作品を多く制作している。

 丹阿弥丹波子は父である日本画家丹阿弥岩吉の画室で遊び育った。当初は油絵を手がけており、油絵で独立展、女流展などに入選経験もあるものの、行き詰まりを感じていたところで銅版画と出会い、以来銅版作品、中でもメゾチントの作品を発表し続けている。

 メゾチントは手彫りによる銅版画の一種である。ベルソーという彫刻刀で銅版に細かい穴を刻み、その版をさらにスクレーパー、バニッシャーなどの道具を用いて削る、磨くなどして作品を仕上げる。穴を刻まれた段階で刷った際のビロードのような黒色が特徴の一つであり、版を削り磨くことで黒からハイライトやハーフトーンを作り出していく。

 丹阿弥丹波子は、メゾチントの黒白だけで表現できる世界は日本画や油絵にはないものであるとし、黒白で自分の思う色を出すことに面白さを感じていた。身近な静物をモチーフに、赤い花、緑の葉、濃い色、薄い色、自分の見た色を版に削り、黒と白のみで表現していく。丹阿弥丹波子の版画は、白黒の作品の中にも、不思議と様々な色が感じられる。またその表現の中で、ベルソーの捲れを削りきった真っ白な部分がない点も、丹阿弥丹波子の作品の特徴である。これは、最初ベルソーで銅版を削った際の丹阿弥自身を残す意図と、人工的なメゾチントの真っ白さを嫌う丹阿弥の好みが反映されている。

 銅版と向き合い作品を制作する活動を、日記を残すことに例えた丹阿弥丹波子の作品は、制作に時間のかかる版画の中に、変化し続けるはかないものの一瞬を閉じ込めることを目指して制作されている。作品の中に描かれたものだけでなく、制作当時の丹阿弥丹波子自身の姿も感じられるかのようである。


参考文献

長谷川公之『現代版画図鑑』 1977

長谷川公之『現代版画 イメージの追跡』美術出版社 1987

丹阿弥丹波子「銅版画の道程(みちのり)で」、『月刊美術』3611号、2010

丹阿弥丹波子「喜怒哀楽のモノクローム」、『版画芸術』107号、2000

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