【コラム】17世紀の女性画家 アルテミジア・ロミ・ジェンティレスキ

16・17世紀には個性的な女性芸術家が美術史に登場したが、レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロのような規模の偉大な女性芸術家は現れなかった。というのも当時の絵画は個人で練習して職業にできるようなものではなく、12・3歳で徒弟として工房に入って20歳近くになってようやく一人前の職人としてギルドやアカデミーに入ることができるという高度な専門職であったためで、当時の女性は教会への出入り以外で外出することなどはまれであり、そのような修業に就く環境にはなかったといえる。そんな中で17世紀イタリアの画家アルテミジア・ロミ・ジェレティンスキは、当時の女性画家として初めてフィレンツェの美術アカデミーの会員となるなど未曽有の成功を手にした人物である。女性であったが故に理不尽に傷つけられることも多く、波瀾万丈の人生を送ったことでも知られており、根強い偏見との闘いの中で積み上げた辛い経験を力強くを絵画表現に昇華することによって数多くの偉大な作品を残した。なお、後述する彼女に降りかかった事件は公文書として残されているものが多く、現代もジェンダー研究の対象とされている。本コラムでは彼女の生涯に関して見た後に、代表作の一つである『ホロフェウスの首を斬るユディト』を鑑賞していこうと思う。

1⃣生涯

自画像 https://onl.la/KvjRY5i

アルテミジアは1593年にローマの画家オラツィオ・ジェンティレスキの第一子として生まれた。12歳のころに母親が死ぬとアルテミジアはジェンティレスキ家で母親としての役割を担うようになるが、父の工房でアシスタントを兼ねて子弟たちとともに絵画を学ぶとアルテミジアは際立った才能を見せることとなる。弱冠17歳にして描き上げた『スザンナと長老たち』は当時の絵画界において旋風を巻き起こしたカラヴァッジョの影響を受けたものであり、カラヴァッジョの大胆かつ華麗な画風を素地としてアルテミジアの画風も確立していくこととなる。

  『スザンナと長老たち』 https://onl.la/LJXznPQ

アルテミジアが女性であるが故に苦しんだ最たる事件がジェンダー研究においても有名なレイプ裁判である。父オラツィオはアルテミジアに遠近画法を身に着けさせるために私的に若手画家タッシを雇っていたが、アルテミジアはタッシに性的な関係を迫られ、これが父の知るところとなると裁判沙汰となり、女性差別が横行した時代であったが故、アルテミジアは身体検査などの取り調べによっていわゆるセカンド・レイプを公に受けることとなった。さらに悪いことにアルテミジアは周囲から「性的にだらしのない女」とレッテルを貼られた上にタッシは無罪放免となった。この事件の後に作成された彼女の作品は、この事件によりもたらされた彼女の男性社会に対する見方を反映していると考えられている。アルテミジアはこの後結婚などを経て『ホロフェルネスの首を斬るユーディット』の成功などもありフィレンツェでは女性として未曽有の成功を収めることとなる。その後はナポリ、ロンドンへの移住を経て1652年にナポリで死去した。

2⃣『ホロフェルネスの首を斬るユディト』

アルテミジアの名を広く轟かせるきっかけとなったのがこの『ホロフェルネスの首を斬るユディト』という作品である。

ジェンティレスキ『ホロフェルネスの首を斬るユディト』https://onl.la/LJXznPQ

年若い2人の女性がベッドの上に体躯を横たえる男性を強引に押さえつけながら首を斬り落としている様子が描かれている。背景は暗く、3人の姿が闇から浮かび上がるように見える。斬首しようとする剣の柄は十字架の形状を象っており、彼女たちの行為を聖なるものとして正当化しているかのようである。右側の女性の腕にはブレスレットが見え、月の女神アルテミスで装飾されており、実質アルテミジアの署名とみることができる。この『ホロフェルネスの首を斬るユディト』という題材は旧約聖書の『ユディト記』からとられたもので、未亡人ユディトがシリアの将軍ホロフェウスを誘惑し呼び寄せられた彼のテント内で彼の首を刎ねる場面である。本作品では画面右側の女性がユディトであり、彼女は眉間に皺を寄せ、嫌悪の表情を浮かべているように見える。さらに興味をそそられるのは彼女の体勢であり、力を入れて首を落とそうという場面なのに体は男から遠ざかるように描かれており、ユディトがホロフェウスを嫌悪する感情の表象ととらえることもできるかもしれない。シーツの上に滴る血液と、動脈から勢いよく迸る血流の暴力的な描写はもはや当時の「女性らしい作品」の概念を打ち破るような衝撃を与えたことであろう。このような表現は、裁判を通じて男性社会に対して抱くようになった憤りの表象なのかもしれない。なお前述のとおり、アルテミジアはカラヴァッジョの影響を強く受けており、実はこの絵画はその好例である。

 カラヴァッジョ 『ホロフェルネスの首を斬るユディト』https://onl.la/MK7uXuJ

このカラヴァッジョ版を見てわかるように全体的な構図がかなり似通っている。しかしながらアルテミジア版には、彼女の経験、心情によってなされえた躍動感を見て取ることができるように思われる。

RS 

(参考文献)

・若桑みどり、岩波新書(黄版)『女性画家列伝』岩波書店 1995年

・美術ファン@世界の名画『ホロフェルネスの首を斬るユディト』カラヴァッジョ作品の解説 https://bijutsufan.com/baroque/pic-caravaggio/judith-beheading-holofernes/

・Artpedia『【作品解説】 カラヴァッジオ「ホロフェルネスの首を斬るユディト」』https://www.artpedia.asia/judith-beheading-holofernes/

・NATIONAL GEOGRAPHIC『17世紀イタリアに衝撃を与えた型破りな女流画家、暴力的な画風の背景~画家アルテミジア・ジェンティレスキの波乱万丈な人生』https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/20/031100166/

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